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null「いま及川さんが、あのご老人はいないのか、という質問を口にしたんですが、ご老人というのは誰のことか判りますか?」  看護婦の返答を聞いて、榊は自分の勘が当たっていたことを知った。 「それ、たぶん五十嵐さんのことじゃないでしょうか。五十嵐さんが隔離される前は、ふたりが庭のベンチに並んで坐っているところをよく見かけましたから」 「そうですか、ありがとう」  携帯電話をしまいながら榊は、その情景を想像した。  分裂病患者には、特定の場所や特定の物にこだわる固着現象がしばしば見られるが、人物にたいしてもそれが現われることがある。及川氏は、おなじ入院患者の五十嵐老人に、かれなりの親しみを感じていたのかもしれない。ベンチに並んで坐っていても安心できる相手だったのかもしれない。 「あのご老人と仲がよかったそうですね。あのご老人が庭に出てこられなくなって残念ですね」  榊が語りかけると、すこし間をおいて、 「あのご老人に返さなければ」  と及川氏は言った。——五十嵐老人に関する話題に反応している。 「何を返すんですか?」 「ヒワを返さなければ」  ……ヒワ? 鳥の〈鶸《ひわ》〉のことだろうか。五十嵐老人は鶸を飼っていて、それを及川氏に預けていたのだろうか。  思っていると、及川氏は例の茶色の書類鞄をていねいな手つきで開き、中から十数枚の紙の束を取り出した。それを鞄のうえに載せ、両手できちんと角をそろえながら、 「あのご老人に返さなければ」  とまた言った。  横から覗く榊の目に、一枚めの紙の冒頭に印字された文字が見えた。