ルイヴィトンダミエグラフィットジッピーコインパース
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null 一  この時の会戦では、司馬懿(しばい)は全く一敗地にまみれ去ったものといえる。魏軍の損害もまたおびただしい。以来、渭水(いすい)の陣営は、内に深く守って、ふたたび鳴りをひそめてしまった。  孔明は、拠(よ)るところの祁山(きざん)へ兵を収めたが、勝ち軍(いくさ)に驕(おご)るなかれと、かえって全軍を戒(いまし)めていた。そしていよいよ初志の目標にむかい、長安、洛陽へ一途進撃して、漢朝一統の大業を果さんものとかたく期していたが、ここに測らずも軍中の一些事(さじ)から、やがて大きな蹉跌(さてつ)を来たすにいたった。  後方の増産運輸に力を入れていた李厳(りげん)が、永安城から前線へ兵糧を送らせて来た。その奉行は都尉苟安(こうあん)という男だったが、酒好きのため、途中でだいぶ遊興に日を怠り、日限を十日余りも遅れてやっと祁山(きざん)に着いた。 「はて、なんと弁解しようか」  当然な譴責(けんせき)を恐れて、苟安(こうあん)は途々(みちみち)考えてきたらしい。孔明の前に出ると白々しく云った。 「渭水(いすい)を挟んで大会戦が行われていると途中で聞き、万一大事な兵糧を敵方に奪われてはと存じ、わざと山中に蟄伏(ちつぷく)して、戦いの終るのを待って再び出かけました。そんなわけでありまして」  孔明はみなまで聞かず、叱って云った。 「兵糧は戦いの糧(かて)。運輸の役も戦いである。だのに、戦いを見て戦いを休(や)めるというのは、すでに大なる怠りだ。しかも汝の言い訳は虚言(きよげん)に過ぎない。汝の皮膚は決して山野に蟄伏(ちつぷく)して雨を凌(しの)いできたものでなく、酒の脂(あぶら)に弛(ゆる)んでいる。すでに運輸に罰則あり、三日誤(あやま)れば徒罪に処し、五日誤れば斬罪を加うべしとは、かねて明示してある通りだ。今さら、いかにことばを飾るも無用であろう」  苟安(こうあん)の身はすぐ断刑の武士たちへ渡された。長史楊儀(ようぎ)は、彼が斬られることになったと聞いて、大急ぎで孔明のところへ来て諫めた。 「ご立腹はもっともですが、苟安は李厳(りげん)がたいへん重用している部下ですから、彼を処刑するときっと李厳がつむじを曲げましょう。いま蜀中から銭糧(せんりよう)の資を醵出(きよしゆつ)して戦力増加に当っているのは李厳その人ですから、その当事者と丞相との間に確執が生じては、戦力の上に大きな影響がないわけには参りません。どうかここは胸を撫でて苟安の死はゆるしてやっていただきたいと思いますが」  孔明は沈黙したまま、熱い湯を呑むような顔をしていた。さきには、あれほど惜しんでいた馬謖(ばしよく)をすら斬らせた程、軍律にはきびしい彼なのである。けれど今はそれをすら忍んだ。 「死罪はゆるす。しかし不問に付しておくわけにはゆかない。杖(じよう)八十を加えて、将来を戒めておけ」  楊儀は、彼の胸を察して、深く謝して退がった。  苟安(こうあん)はそのために、八十杖のむちを打たれて、死をゆるされた。けれど彼は、楊儀の恩も、孔明の寛仁も思わなかった。反対に怒りをふくみ、深く孔明を恨んで、夜半に陣地を脱走してしまった。