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ルイヴィトンダミエグラフィットポルトフォイユブラザ編集

 小学校六年生のころのボクに会ったら彼はこんなふうに言ったでしょう、「さかあがりができたから何になる」「泳げなくたって生きていけるよ、水ッ気のあるほうには行かないようにするし」。かわいくないじゃないですか。  高校生のボクはこんなふうに言うかもしれない。「大学入試が何だ、テストでいい点とってそれがどうした」。そうして、そんなふうな考えのまんま、ボクは現在のズルイやつにそのままなってしまったんですが、三年前、ボクは突然スイミング・スクールに通ってみることにしたんでした。自己流で平泳ぎができるようになってましたが、でも、わりとすぐに|つかれちゃう《ヽヽヽヽヽヽ》泳法で、つまり泳げないも同然だったわけです。  そうして、剣道の先生でもあるっていう、コワイ顔したスイミング・スクールの先生にクロールを教わっている時に、その小川先生というかたが「よし、むこうまで二十五メートル! 立たずに泳ぎきったら昼メシおごる!」と、突然おっしゃった。やっと少し泳げるようになって、八メートルおきぐらいに立ち上がって顔を洗ってるボクにです。  昼メシをおごってほしかったワケじゃなく、先生が奇妙に真剣だったのが、ボクがやる気になった動機でした。十五メートルくらい泳いだところでゲボッと水を飲んでしまった。ものすごく苦しくて、まるでおぼれてるみたいにバタバタしてしまいました。  そこでボクはなぜだか、ガンバッてしまおう! と考えたんでした。とてもメズラシイことでした。ゴールした時は、死ぬかと思うくらいでした。小川先生といっしょに授業を受けていたオバチャンたちが拍手してくれました。うれしかった。  四十二年間生きてきて、ガンバッたのがたったの二回ってのもあきれますが、でも、この二回めの経験で、ボクの考えかたはほんの少しだけ変わったような気がします。 [#改ページ]   大人になったら  大人になって、ボクはバーとかキャバレーとかクラブとかにも入れるようになりました。 「水割り」とか「ジントニック」とか注文して、となりにキレイなおねえさんとかがいても平気です。  コドモの時には、バーはアナザーワールドだったのにな、と大人になって、バーとかキャバレーとかに平気で入れるようになってしまったボクはちょっと残念なような気がするんでした。  近所にバーができたのは、ボクが小学校の三年生くらいだったでしょうか、しんちゃんのお母さんが働いていた「サンキュー食堂」が、一部を改造してバーになってしまったのです。その場所でボクは、氷イチゴとか、モナカアイスとか、一枚五円のおせんべとかを食べながら、お相撲を前頭の土俵入りから、弓取り式まで見ていたっていうのに、そこが「トリスバー39」になってしまったとたんに、決して入っていけない場所になってしまったのです。  サンキュー食堂の前は砂利置場になっていて、ボクらはその空き地で、三角ベースをよくしていましたが、まだ明るい三時か四時ころに、黒いドレスを着た、でもまだお化粧前のおねえさんが、お店の掃除をしたりするので、�バーの|なかみ《ヽヽヽ》�がちょっと見えたのです。  外は明るくても、窓のない「トリスバー39」の店内は、いつも夜になっています。ちょうど青空に四角い夜の穴があいているような、それは不思議な景色なんでした。ボクは一塁手のまま、その夜の部屋をボーッと眺めているんです。おねえさんは、モップで床をふいています。頭にはパーマネントにする、サメの口のような金具をいっぱいつけてます。
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