ヤヨイクサマパンプキンドットジッピーウォレット
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null 地の理を隔てながら、どうして蜂須賀党と、道三秀龍とが、そんな条約の下に結ばれていたか——ということについては、ひとつの話が聞えている。  それは、小六の先代、蔵人《くろうど》正利《まさとし》が頭目《かしら》に立っていた時代のことであるが——  或る夜。  蜂須賀家の門前に、行仆《ゆきだお》れていた病人がある。武者修行てい[#「てい」に傍点]の侍だった。正利が憐《あわれ》んでやしきへ引き入れ、医療を尽して恢復を見た後、路銀まで与えて立たせてやった。 (……御恩は忘れおかぬ)  窶《やつ》れた武者修行は云った。そして別れて立つ日にもまた、 (いつか、自分が志を得た後には、消息いたして、今日の御芳志にきっと酬《むく》いる)  と、誓った。  その時、云い残した名は、松波荘九郎《まつなみしようくろう》と聞いていたが、やがて年経てから、その荘九郎からよこした書簡には、斎藤山城守秀龍《さいとうやましろのかみひでたつ》としてあった。 (あの人が)  と、後では驚いたことだった。  そういう旧縁から、小六の代になっても、秀龍との盟は、依然結ばれていたのである。  その秀龍からの密使!  何事かと、小六がすぐ立って行ったのは当然だった。  薦僧姿の密使、難波内記《なんばないき》は、森かげに待っていたが、小六を見て、 「おう」  と、礼儀をした。  小六も礼を返し、そして双方が眼と眼とを、正しく交わしながら、片方の掌《て》を、拝むように胸に当て、