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null  日本人にとって、もっとも親しくなつかしい昆虫《こんちゆう》の一つは、あきらかにホタルであろう。その青白い幽玄な光は、魂という言葉を思い起させるほど神秘的であり、かつ美しくはかなく、われわれの感傷的な嗜好《しこう》にぴったりする。  事実、ホタルは、むかしから詩歌に多くうたわれてきた。山城国宇治川のあたりには、むかしはおびただしい源氏ボタルが発生した。その交尾のときは、幾千幾万というホタルが空中を入りみだれて飛びかったもので、古人はこれを「ホタル合戦」と呼んだ。そしてその神秘的な光を、源三位《げんざんみ》頼政の亡霊とも考え、その霊がホタルとなって、今もいくさをするのだと考えた。俳人の一茶は、「和睦《わぼく》せよ石山|蛍《ぼたる》せた螢」という句を詠んだほどである。  日本でもっともよく知られたホタルが、それぞれ源氏ボタル、平家ボタルと名づけられていることによっても、この発光する虫がそれだけ日本人の心に溶けこんでいたことの証拠ともいえよう。  この二種類のホタルの幼虫は、水の中に棲《す》む。しかし、本当はこれは珍しいことで、世界にはおよそ二千種のホタルがいるが、水棲《すいせい》のホタルはわずか四種で、そのうち二種が日本にいるわけだ。他の多くの種類の幼虫は陸棲で、カタツムリなどを餌《えさ》にして育つ。ファーブルが観察したのもこの類である。  源氏ボタルの幼虫は清流に、平家ボタルのそれは田の水のなかに多く棲み、それぞれマキガイを食べる。ことに源氏ボタルの幼虫は、日本住血吸虫の中間宿主であるカタヤマガイを食べるので、益虫とされている。彼らは口から特殊な液を出し、陸棲の場合はカタツムリを、水棲なら貝を麻痺《まひ》させて、その肉をスープのように吸い込む。  私の子供時代は、まだホタルはありふれた虫であった。小学校の教科書にも、「ほ、ほ、ホタルこい、あっちの水はにがいぞ。こっちの水は甘いぞ」というホタル追いの文章がのっていて、東京の真ん中に住んでいても、平家ボタルが宵闇《よいやみ》を飛んでゆくのを見ることができた。  平家ボタルより大きく光も強い源氏ボタルは、田舎に行かねば見られなかったが、それでも夏の縁日などに、ごく普通に金網の籠に入れて売られていた。値段も安かった。私たち子供は、源氏ボタルを買ってもらい、夜ねるとき、これを蚊帳《かや》のなかに放して楽しんだ。  電燈が消され、まっくらな室内で、半分眠気におそわれながら目をひらいていると、ホタルは蚊帳にとまりながら、青白く明滅した。ときどき、燐光《りんこう》の尾をひきながら、すーっと空中を飛んだりした。美しく、もの悲しく、かつ神秘的な気配がした。いずれにせよ、ホタルは、われわれ日本人にとって、忘れがたい夏の風物詩であったことは確かである。  しかし、他の昆虫同様、最近、ホタルは見る見る減った。農薬のため、田んぼなどに多かった平家ボタルも減った。源氏ボタルの幼虫の棲む清流も、工場の廃液などによりよごされた。また川岸がコンクリートによって固められてしまった。  ホタルは水べの草や木の根元に卵をうみつける。かえった幼虫は、近くの小川まではっていって、水底にもぐりこむ。そして一年間を水中で暮し、やがて岸べのやわらかな土中にもぐってサナギになるのである。幼虫の棲む水がよごされ、食物の貝が減り、また岸べがコンクリート化されては、彼らの育つ環境はまったく破壊されてしまったといってよい。  こうして、われわれにとってなつかしい源氏ボタルも天然記念物に指定されるほど少なくなった。その産地も、はじめ全国十二カ所が指定されたのだが、うち三カ所にホタルがいなくなって指定が取消され、さらに三カ所もあぶなくなっているのが現状だ。  現在、東京でホタルを見られるのは、皮肉にもある広壮な庭園をもつ料亭である。ここでは、パーティーのあとに、地方から集めてきたホタルを暗い庭に放つ。都会人にはけっこうな見ものだし、外人の客も日本情緒を味わえるというわけだ。  これはショーとして優雅なものではあるが、こうして営業用に集められたホタルの末路は哀れである。パーティーの終りに、客は数匹のホタルのはいった籠《かご》をみやげとしてもらう。これを家まで持ち帰って、子供たちに見せるのならまだしも、男の客はしばしばその帰途バーに寄り、鼻の下を長くしてホステスにホタルをやってしまったりする。  料亭のほうでも、今では遠く四国の高知、九州の別府あたりから、ホタルを飛行機でとりよせている。業者から買う費用が一匹五円、百万匹放つと五百万円かかる。業者は一匹二円くらいで、産地の子供たちに採集させる。 「ほ、ほ、ホータルこい」という昔の俗謡は美しかったが、こう商売がからんできては、せっかくのホタルの幽玄な光も値が下がるし、第一、ただでさえ少なくなったホタルが、本当に絶滅してしまうだろう。  西インド諸島のキュキュヨーと呼ばれるホタルは、一等星を肉眼で見たと同じくらいに輝くそうだ。はだしの土人はこのホタルを足の指に結びつけて、チョウチン代りにする。また、アメリカ軍が一八九八年にキューバで戦ったとき、負傷した兵士を手術しているうちにランプが消えたが、びんにいっぱいつめたキュキュヨーの光のおかげで、無事に手術をすますことができた。こうなると、「ホタルの光」の語句も実際的というわけだ。  世界中のホタル見物で最大のものは、タイ国のそれである。川岸のマングローブ樹に集まった雄のホタルは、毎分百二十回発光し、同じ間隔をおいていっせいに明滅するので、川のおもてを暗闇と閃光《せんこう》が交互に訪れるという。